【絵画鑑賞】アリ・シェフェールの<<パオロとフランチェスカ>>

            

      アリ・シェフフェール (Ary Scheffer)1795-1858

        <<パオロとフランチェスカ>>

        油彩・カンヴァス :1835年 :167×234cm
        ウォレス・コレクション、ロンドン
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 この<<パオロとフランチェスカ>>は、ドイツロマン派の詩人、ダンテ(1265-1321)の『神曲 地獄編』の第5歌に登場する同名の恋人達の物語が土台になっている。

 古代ローマの詩人ウェリギリウスに地獄に導かれたダンテは、そこで「愛欲の地獄」でなすすべも無く彷徨う魂の姿を目にする。
 その中でも「比較的軽やかに風に舞う、よりそう二人の姿」が目に入り、興味を惹かれたダンテは二人のこうなってしまった経由を聞き出す。

 フランチェスカは政略結婚によって、隣国の城主のジェンチオットの元に嫁ぐことになる。
 だが、醜男なうえ、性格にも問題があったジェンチオットは、見合いの席で結婚を拒絶することを恐れて、聡明で美しい弟のパオロを身代わりに立てた。

   『一目見て、二人は互いに恋に落ちました。』

  「でも偽りの式とはいえ、私は城主ジェンチオットに嫁いだ身、パオロとの恋は所詮道ならぬものでした。」

 「卑怯とは言え兄は兄、私がフランチェスカを愛することは、兄をないがしろに
   することを意味します。」

  『二人は燃える心を、秘めました。』
  (谷口江里也訳)


 だが、二人の思いは抑えることができず、ジェンチオットの留守中に思いを遂げ、それを知ったジェンチオットはフランチェスカパオロを毒を塗った剣で殺害してしまう。

 死後、二人は愛欲の地獄に落ち、互いに寄り添ったまま永遠に彷徨いつづける。

             <<パオロとフランチェスカ>> 1855年 :171 x 239 cm
                    ルーヴル美術館、パリ
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 真っ暗な闇を背景に、シェフェールの高度な人体表現と、輝かんばかりに美しい肌目をもつフランチェスカと、パオロが、画面斜めに大胆に横切っている、この大きな作品には誰もが目をひきつけられるだろう。

 苦しみと悲しみに見舞われて傷を負いながらも、二人はしっかりと寄り添って離れない。
 パオロは愛しい恋人と離れないようにしっかりと、だが彼女をいたわるように、優しく自分の体へ引き寄せている。

 構図・色彩の配置もさることながら、二人を包む布の表現がおもしろい。
 同じ布に包まれているにも関わらず、パオロの方は男性的な直線表現、フランチェスカをくるんでいるあたりは優美な女性的表現に変化していることがみられる。

 そして、巧みな共感をさそう、胸を切り裂かれそうな悲痛さと愛しさを感じさせる、なんとも美しくも哀しい、一度見たら忘れられない作品となっている。




 この作品は20年後に画家の手によって、もう一度描かれており、そちらは現在ルーヴル美術館に展示されている。(上、2枚目)

 全く同一に見えるこの二つの作品だが、初作(ウォレス・コレクション、ロンドン)所蔵の作品の方が、感情表現や、悲痛さが生々しい。

ウォレス・コレクション(左)とルーヴル(右)の傷痕の比較画像画像
 
 例えば、ウォレス・コレクションのフランチェスカにはくっきりと紅い傷が痛々しく刻まれているのに対して、ルーヴルのそれはかすかな火傷を負った「痕」程度のものしか見受けられない。
 また、パオロの傷をみても、ウォレスの方がくっきりと濃く鮮やかな「生傷」がみられ、表情も、ウォレスの方が、若干口の開きが大きく、苦痛に叫んでいるように見える。

ウォレス(左)とルーヴル(右)のパラオの表情の比較画像 画像

ダンテの表情も、第一作目の方が、表情は陰っており、悲しみと二人への同情が見て取れるが、ルーヴルのダンテは少々別のことを考えているか、あるいは眠そうですらある。

ウォレス(左)とルーヴル(右)のダンテらの表情
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 私としては、ルーヴルとウォレスを対比したとき、ウォレスの作品のほうが、フランチェスカの肌と闇の対比は激しく、よりいっそう感情と視覚に訴えてくる作品だった。

 数々の画家に取り上げられてきたこの悲恋劇だが、美しさと哀しさと、恋人への愛情というこの主題の要となる3点全てを文学的に、巧みに訴えかけてくる稀有な傑作となっている。


   
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