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zoom RSS ロセッティ <<祝福されし乙女>>

<<   作成日時 : 2007/12/11 15:22  

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 D. G.ロセッティ
 D.G. Rossetti

<<祝福されし乙女>>

 油彩・カンバス
  1875-1878
  174 x 84 cm
  Fogg Art Museum,
    Harvard University, Cambridge




 絵と詩(あるいは中世の文学作品)が対となることがほとんどのロセッティの作品だが、この作品は、ロセッティの「ダブル・ワーク」(絵画とは別の媒体の芸術作品が対となって創作されていること)において唯一、(パトロンの依頼によってではあるが)詩から絵画の順序で描かれている、通常の画家の創作プロセスとは逆行したまれな事例となっている。

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 加えて、この絵画のプレデッラ(本来は祭壇画における名称。ここでは下部の男性のいる部分の絵をさす。ちなみに事実、本作品の額縁は、祭壇画風になっている)

 この絵の元になった詩の冒頭は以下のようになっている:
 (冒頭だけは文の美しさも味わっていただきたいので、原文で。。)

 The blessed damozel leaned out
From the gold bar of Heaven;
Her eyes were deeper than the depth
Of waters stilled at even;
She had three lilies in her hand,
And the stars in her hair were seven.

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天に召されし乙女は天国の
黄金の欄干から身を乗り出していた
その目は夕暮れの静まりかえった
深い淵より深く沈み
手にはユリの花を三本、
髪には星を七つ戴いていた



 彼女が欄干から「身を乗り出していた」のは地上に残された恋人への想いにふけっていたから。
 彼女のいる天国は、

不滅の愛の喝采のただなかで
はじめて出会った恋人達が
こころに懸かる名を永久に呼び合い
神のもとへ昇る霊魂が
かすかな炎のように


 通り過ぎていくから。
 この「福女」にとって、愛する人のいない「天の国」は無味乾燥でしかない。
 その心が彼女の視線に表れている。

 
 
 恋人だけを想う乙女の心をロセッティは第三連と第四連に以下のように綴る

乙女には一日すらたっていないように思われた
神の聖歌隊の一員になって
まだ驚きは失われていなかった
その静かな様子から
とはいえ、残された人々にはもうすでに
十年の歳月が経っていた。

その一人には、年に年を重ねた十年だった。
だか、この場所で、
確かにあの人は私の上に身をかがめた
あの人の髪が、 私の顔に降りかかった
違う、秋の木の葉が落ちただけ、
一年はつかの間




 この美しい詩(あるいは絵画)に影響を受けたと考えられる箇所が夏目漱石の『夢十夜』のなかの「第一夜」の中に見られる。

 (短いので、今回は特別に全文掲載。漱石文学のなかでは、まれなほど女性的な美しさ、ロマンティシズムが現れていて、かつ、視覚的イメージが大変美しいので、個人的にとても気に入っている短編です。。。。りらりがとても気に入っている作品ですので、味わっていただけたら本当に幸いです)




「第一夜」

 こんな夢を見た。

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 腕組をして枕元に坐(すわ)っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。

女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。
真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。

とうてい死にそうには見えない。
しかし女は静かな声で、もう死にますと判然云った。
自分も確にこれは死ぬなと思った。

そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。
死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。

大きな潤(うるおい)のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。
その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。


 自分は透(す)き徹(とお)るほど深く見えるこの黒眼の色沢(つや)を眺めて、これでも死ぬのかと思った。
それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうにたまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。


 じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。


 しばらくして、女がまたこう云った。

「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」


 自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。


「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」


 自分は黙って首肯(うなず)いた。女は静かな調子を一段張り上げて、


「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。

「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」


 自分はただ待っていると答えた。

すると、黒い眸(ひとみ)のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩(くず)れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫(まつげ)の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。


 自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。
真珠貝は大きな滑かな縁の鋭どい貝であった。
土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。

湿った土の匂(におい)もした。
穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。
そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。
掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。


 それから星の破片(かけ)の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。
星の破片は丸かった。
長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑かになったんだろうと思った。抱(だ)き上(あ)げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。


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 自分は苔の上に坐った。
これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。

そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。
赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定した。


 しばらくするとまた唐紅(からくれない)の天道がのそりと上って来た。
そうして黙って沈んでしまった。
二つとまた勘定した。


 自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。
勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。
それでも百年がまだ来ない。
しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。


 すると石の下から斜(はす)に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。
見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。

と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁(はなびら)を開いた。真白な百合(ゆり)が鼻の先で骨に徹(こた)えるほど匂った。

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そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁(はなびら)に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。
 



 ロセッティの詩/絵画の中の男や女がいくつものシンボルに変えられ、同様の行為が繰り返されるこの美しい漱石の散文。

 それを考えると、この絵画の中の文学的世界がいっそう広がっていく。


 
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 本作品のプロセスを付け加えておけば、福女のモデルとなっているのはアレクサ・ワイルディングス、手前の少女のモデルはメイ・モリス、後ろの女性たちはその母であるジェイン・モリスの面影の女性が見て取れる。

 画家が人妻であったジェインを晩年、最後まで想い続けていたこと、娘メイを養女にしたいと提案していたことなどから、すでに画家のもとを去ったモリス親子への想いが込められているのかもしれない。


 なお、この作品に着手する3年前(1872年)、画家は(ある批評家からこの詩を含む詩集があまりに官能的であると非難されたことが引き金となっていると考えられる)自殺を図っており、その後彼はひっそりとした生活を送っている。

 (画像拡大;画像をクリックすれば拡大します)
 
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【関連記事】
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ
 http://rirari-exhibition.at.webry.info/200708/article_22.html


 

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