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zoom RSS 【画家】フィリッピーノ・リッピ  ; マニエリスムの先駆者

<<   作成日時 : 2007/09/02 00:02   >>

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フィリッピーノ・リッピ
( Filippino Lippi )

1457年 - 1504年


分類:初期ルネサンス
    フィレンツェ派



 フィリッピーノ・リッピは、初期ルネサンスを代表する画僧のフィリッポ・リッピと、修道女であったルクレツィア・ブーティとの間に1457年、フィレンツェで生まれ、父を師としながらプラートで教えを受けた。
 
 12歳の時に父のリッピと死別し、父のあとを継いで、スポレート大聖堂の壁画を完成させる。

<<幼子イエスの礼拝>> 1483頃
油彩・板 96×71cm ウフィツィ美術館
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 その後、1470年にフィレンツェに赴き、父のリッピの弟子であったサンドロ・ボッティチェルリに師事。

 フィリッピーノの初期の作品は、極めてボッティチェルリに近く、「アミーゴ・ディ・サンドロ」(サンドロ(ボッティチェルリ)の友人の意)とあだ名されたほどであった。


<<聖ベルナルドの幻影>> 1486年
油彩・カンヴァス 210×195cm 
バディア教会、フィレンツェ
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 表現力に富む線の表現は紛れもなく、師のボッティチェルリのものであるが、フィリッピーノの作品には、ボッティチェルリ特有の抒情詩的要素や繊細さが抑えられ、より現実性がつよい。


サンタ・マリア・デッラ・カルミネ教会にある
ブランカッチ礼拝堂のフレスコのなかでも、
フィリッピーノの手によるとみなされる部分の
ひとつ、<<ペテロの磔刑>>。
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 フィリッピーノ・リッピに初めて委嘱された作品は、マザッチョとマッソリーニが手がけたものの、未完に終わったサンタ・マリア・デル・カルミネ教会のブランカッチ礼拝堂のフレスコ画を完成することであった。
 だが、どの部分がフィリッピーノによるものかは、いまだにはっきりしていない。


サンタ・マリア・ソープラ・ミネルヴァ教会の
カラファ礼拝堂の<<受胎告知と聖母被昇天>>
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 これ以後、フィリッピーノは数々の優れたフレスコ画の依頼を受けるようになり、代表的なものに、サンタ・マリア・ソープラ・ミネルヴァ教会(ローマ)やサンタ・・マリア・ノヴェッラ教会のストロッツィア礼拝堂がある。

 フレスコ画のほかにも、多翼祭壇画も手がけ、フィレンツェのバティア教会に残る作品は彼の傑作のひとつとして数えられている。



 
 初期はボッティチェルリの画風を踏襲していたフィリッピーノだったが、次第に独自の様式を確立していき、場面表現はよりいっそう劇的効果を狙ったものとなってゆく。

 時には奇想的な表現も見られることから、彼の様式は、しばしば「クアトロチェント・マニエリスム」(1400年代マニエリスム:様式主義)と称され、16世紀に全盛を迎えるマニエリスム(あるいは後期ルネサンス)のさきがけとみなされている。

 1488年に、ローマに旅立ち、サンティッシマ・アヌンツァータ聖堂のための<<十字架降下>>の壁画を手がけるも、その製作中に没した。(1504年)


 レオナルド・ダ・ヴィンチを別とすれば、「1400年代でもっとも多くのデッサンをした画家」といわれるフィリッピーノの成果である美しい線描写には、フィリッポ・リッピやボッティチェルリにはみられない独自の美しさと優しさと、滑らかさに加えて、いくらかの温かみが感じられる作品に仕上がっている。



【関連記事】

フィリッポ・リッピ
http://rirari-exhibition.at.webry.info/200708/article_45.html

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